場所も自分の一部になるということ

最近、職場が移転をし、それまで使っていた路線も、職場のあったホームグラウンドからもまったく正反対の方向になり、遠のいてしまった。

家庭が最も自分の身近な基本グラウンドとして考えると、多かれ少なかれ、職場のある街にはそれまで自分の第二のホームグラウンドとして愛着を感じていた。あそこに行けばあのカフェがあって、その向こうには取引先があって、反対側にはなじみのレストランがあって、帰りがけにショッピングするときは迷わずこっちで・・・という具合に。

なので、それなりに親しみや仕事仲間たちとの思い出が少なからずあるホームグラウンドから遠のくということが、思っている以上になかなかの寂しさを感じることなんだなと、最近移転した新しい職場になってから知らされた。

それまでの職場のあった街が開けていて、メジャーで明るくて活気があって、交通網、買い物、飲食と何をするにも困らない、色んな意味お気に入りであり気づいたらもはや自分の一部のようにも感じていただけに、今度の移転の地は空気感や街並みも利便性もまるっきり質が違うものとなった。

どこか寂しさや物足りなさ、違和感を感じざるを得ないのだ。何しろ気心の知れた仕事仲間たちと、帰り際に「今日やってこうか~?」「飲もうぜえ~」の波長が合うやいなや、行きつけのカフェレストランに行って一仕事を終えた後の一杯二杯や腹を割ってのあれこれぶっちゃけトークがたまらなく解放的で好きだった。

同じ仕事を力を合わせて完成させたり乗り越えたりしているからこその共通意識でぶっちゃけはっちゃけができる、こういう時間ってやっぱり大事なんだなと、移転先になってから、なおさら強く思う。それは仲間たちも当然通勤ルートが変わることで、帰り道を物理的必然的に一緒に歩けなくなる現状からも以前のように帰りに飲みに行きづらくなったことにも表れていた。それになぜか、新しい市街自体辺鄙なこともあってこれといった見どころがあるわけでもなく、どうもなじみづらいのだ。

仲間一同もそれを隠せない様子で、新しい地に移転してからというもの、全面的にシュンとしてしまったような印象が一同にある。職場の引っ越しという一大イベントを終えたことで、お互いに職場を取り巻く環境変化が大きく起こったことで一種の引っ越しうつ状態のような感じが起きているようにも思う。

好きなお店で仲間たちと一緒にかつてのガス抜き恒例イベントが永遠にできなくなったわけではないが、今後新しい環境になってからもいつかまたやれたらいいと思っている。一人ひとりが新しい環境や生活展開になっても、みんな元気でいますように。

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